机上の楽園で永遠に生きられますか


1度でいい事を、2度言わなけりゃあいけないってのは、そいつが頭が悪いって事だからです。
by unite69
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僕にその手を汚せというのか

いやね・・・

久しぶりにイラッと来る記事を読んでしまって

無性に腹が立ってしまいました


12月号の目覚めよ  若い人は尋ねる
    友達のした事を誰かに知らせるべきだろうか



ね?

嫌なタイトル


時々書かれる 『違反者、背教者あぶり出し記事』です
友達が悪行にかかわったなら、すぐに長老に伝えましょう


こうした記事は定期的に出されます

記事に加え、神権宣教学校の話の主題などにも

「重大な罪を長老に告白すべきなのはなぜか」

といった密告推奨のプログラムが出てきます


JWの場合
他の人の悪行を見たならどうすべきでしょうか

【塔85 11/15 他の人の罪にあずかってはなりません】 には
このようにあります 


神の許しを求めて長老たちに告白するよう悪行者に勧めても,当人がそれを延ばし続けたり,
その処置を取る必要を理解しなかったりするときはどうですか。
問題をただ見過ごすことができるでしょうか。

ある人は,かかわりになりたくない,と考えるかもしれません。
過ちを犯した人との友情をあえて失いたくないと思うかもしれません。
そのような人たちは,長老たちに言いつけて信頼を裏切った者とみなされたくないのかもしれません。

しかしそれは誤った考え方です。

詩編作者ダビデは,「わたしは不真実な者たちと共に座りませんでした。わたしは自分がどんな者かを隠す者たちと共に入って行きません」と述べました。(詩編 26:4)
ですからわたしたちは,「自分がどんな者かを隠す者」の共犯者になりたいとは決して思いません。

したがって,過ちを犯した人に対して,その悪行に関し
長老たちに近づくための道理にかなった程度の時間を与えたあと,
その人が,監督たちの調査に値する重大な悪行を打ち明けたということを,責任ある監督たちに知らせる必要があります。

(引用終わり


こうした記事では大抵の場合 重大な罪(淫行、犯罪など)を
見て見ぬフリをするのは愛のある行為ではないと書きます

またそのような悪行を見過ごすなら
その罪にあずかるものとなる

とも言います

確かに、その人にとって良くないことを見たなら

教えたり正すよう薦めるのは良い事かもしれません
  (たとえば、麻薬とか犯罪に関わってるとか・・・)



気になるのは

長老に告白するよう勧めてから、その人が動かなかった場合

その事を見たアナタが密告しないと

アナタが神との関係を損なって、下手したら罪を犯したのと同じになります

密告した場合 それはアナタがその友人の為に愛を差し伸べたのであり

神はそれを喜ぶ・・・っていうところ




その悪行を犯した人が、罪の意識も何も感じていなかった場合
その件にJWが関わっていない限り、黙っていれば隠し通せるものも多いでしょう


仮にJWが関わっていたとしても通報しなければ
それもまた闇に消えていきます


そのままだと信者の意識の基準がゆるくなり、いずれは減少してしまうのを怖れてなのか


密告しないと同罪
逆に密告するのが愛

という、聖書的な根拠皆無のルールが認可されているのです


加えて審理委員会では

告白したか 発覚したか



ずいぶんと罪の裁量が変わって来ます

つまり、自分から告白したからこの人は反省している と判断され

誰かに密告された場合は、隠していた=反省の色無し・・・と

扱いが代わってきます

他にも隠していた時間が長ければ長いほど
意識的に罪を隠し平然としてきた・・・とみなされ処置に加味されます


こうした排斥処置の量刑判断は時々雑誌を通して知らされています

真面目なJWはほっておいても子とある事に目にしたり聞かされたりするので

自首するわけです


悪行を知っていたのに黙っていた事がばれた場合も

特権持ちの場合 削除されるパターンも良く聞きます


この自首減刑制度と密告システムによって

黙っていてもオイタしちゃった若者が吊り上げられて行く仕組みのできあがりです

後で関わっていた事がばれて隠していたなんて思われたら

排斥ものですからね


最近じゃ 自首するのも少なくなってきているかも知れませんね






密告なんてするもんじゃありません

現役の方々  


「その時は関係が気まずくなったけど、後に良い事をしたと感じています」

なんて雑誌に書かれた洗脳されたセリフ


絶対に出てきませんから

経験者が語る です




10代の頃 自分が引き金を引いて

親友が排斥になりました

今でも ずっとずっと後悔しています

彼にあってあの時の事を謝りたくて

でも連絡先も何一つ分かりません






神との関係に他の人が入り込む必要はありません

間違った事をしてしまったと感じたとしても

他の人がそれを裁いたり、入り込む必要はありません

ヨハネ第一 3:20 そのまま読んだらいいんですよ

何か心に責められるようなことがあっても,それについて[神]のみ前で自分の心を安んじることができるでしょう。神はわたしたちの心より大きく,すべてのことを知っておられるからです。
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by unite69 | 2008-12-13 21:58 | 組織のこと
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