机上の楽園で永遠に生きられますか


1度でいい事を、2度言わなけりゃあいけないってのは、そいつが頭が悪いって事だからです。
by unite69
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だれも僕を責めたり出来ない

ロンちゃんさんからコメントで情報を頂きまして

今回は物事の起源とJwの判断についてです
内容としてはかなり重箱つつきになる予見なのですがご勘弁を・・・


久しぶりのライブラリー起動して調べてみました
てか2007年度版使いづらい・・・


情報頂いたのは南米メキシコに伝わる「ピニャータ」というものにまつわる
目覚めよ 03 9/22 22ページ ピニャータ―古来の伝統と言う記事です


概略もかねてこのピニャータと言うお祝い事についてまとめてみましょう


メキシコ伝統文化のくす玉人形、それを割る子供の遊び
素焼きのつぼや風船を芯にした新聞紙の張子をひだ状にした色紙でカラフルに装飾し
中にお菓子やおもちゃを詰めてパーティー会場に吊るされ
集まった子どもたちは目隠しをして、ピニャータを叩き割ります。
そして子供たちは割れたピニャータから床にこぼれたたくさんのお菓子や玩具を拾い集めて祭りを楽しみます

b0154817_2257415.jpg

(写真ウィキペディアより)

なんだか日本のスイカ割りみたいで楽しそうですね

では実際に目覚めよ誌ではどのように報告されているのでしょうか


記事抜粋
ピニャータの起源


13世紀に,ベネチアの旅人マルコ・ポーロがこの“ピニャータ”を中国からイタリアに持ち帰ったと考えられています。
その慣行はスペインに広まり,四旬節の最初の日曜日※にピニャータを割ることが習慣になりました。 


※四旬節は,カトリックなどの宗教で悔悛のための40日の期間を指し,
その最後を飾るのは,復活祭の時期の聖週間における種々の祝いです。

メキシコのポサダは,クリスマスに先立って行なわれる9日間の祝いで,
ヨセフとマリアがポサダ,つまり宿を探したことを再現するものです。
その9日間には毎晩,祝祭の最高潮としてピニャータが割られます。



しかし,宣教師たちは(わたしたちもそうでしたが)驚いたことでしょう。
メキシコの原住民の間にすでに同じような伝統があったからです。
アステカ族は,太陽と戦争の神ウィツィロポチトリの誕生日を祝うため,一年の終わりに,
その神殿の柱の上に陶器のつぼを置きました。つぼは色とりどりの羽で飾り付けられ,
中には小さな宝物が詰められました。
その後,つぼは棒で割られ,こぼれ落ちた宝物はその神の像への捧げ物となりました。マヤ族の間にも,ひもにぶら下げた陶器のつぼを,目隠しをした人たちがたたくという遊戯がありました。




さて、いったん休憩です

jwの大好きな物事の起源について書かれていました

三行で要約すると

お祭りのイベント
元は復活祭の祝いの行事
更に元々はアステカ族 太陽と戦争の神の誕生日で


ガ━━━━━━━∑(゚□゚*川━━━━━━━━ン!

えええええええええええええ????


いきなり凄い由来出てきちゃいましたね


まず散々雑誌でも偶像だ悪影響だと叩いていた復活祭です
飾られた卵はキリストの復活を表す宗教的なものだとか
ハロウィーン仮装は悪魔崇拝が由来だとか
散々な言われ様でした

アステカ族のほうはなんかもう手が付けられない由来のたたき売りです
誕生日だって出てるし


そんなjw的に禍々しい由来を持つこのピニャータという行事
さぞかし酷い言われ様なのでしょうか


続きを見てみましょう



現在のピニャータ

後にピニャータは,クリスマスの時期に行なわれるポサダという祝祭に取り込まれ,今日に至っています。
(星形のピニャータは,占星術者をベツレヘムに導いた星の象徴として用いられています。)
また,ピニャータ割りは,誕生パーティーに欠かせないものとされています。


わたしたちは,多くのメキシコ人の間でピニャータが宗教的な意味を失い,大半の人が単なる無害な楽しみとみなしていることを知りました。
その証拠にメキシコでは,ピニャータがポサダや誕生日だけでなく,様々な祝い事でも用いられます。
また,伝統的な星形のほかに,様々な形のピニャータを買うことができます。動物や花やピエロの形に似せたピニャータもあります。


クリスチャンは,社交的な集いにピニャータを取り入れるかどうかを考慮する際,他の人の良心に気を配るようにします。(コリント第一 10:31‐33)

おもに考えるべきなのは,その慣行が何百年も前にどんな意味を持っていたかではなく,
現在,自分の住んでいる地域でどのようにみなされているかということです。
言うまでもなく,その見方は場所によって異なるでしょう。
ですから,そうした事柄を大きな問題にしないのは賢明なことです。聖書はこう述べています。

「おのおの自分の益ではなく,他の人の益を求めてゆきなさい」。―コリント第一 10:24。


 
ザワザワ( ゚o゚)(゚o゚ )ザワザワ( ゚o゚)(゚o゚)ザワザワ( ゚o゚)(゚o゚ )ザワザワ

 




現在でもこの祭りはクリスマスの時期に・・・
星型はサタンの星・・・
誕生日パーティーに欠かせない・・・


ヒソヒソ( ゚o゚)エ、ナニ?(゚o゚ )ネェ、キイタ?( ゚o゚)ヤダ、ホント?(゚o゚)

ん?

んん??

んんん???


見間違えかと思って何度も読み返しちゃいました


この記事(というか許可を出している統治体)の意見として
このトンデモ由来祭りピニャータは

良心の判断でok

ということですよね


おもに考えるべきなのは,その慣行が何百年も前にどんな意味を持っていたかではなく,
現在,自分の住んでいる地域でどのようにみなされているかということです。


なんだ

分かってんじゃん
それでイインダヨ

全部それで解決じゃん

いい聖句あんだからさ

他の人の益を考えればいいんです

聖書に書かれている大罪で無い限り
誰が何しようと何を祝おうとトヤカク言う必要ないしつまずく必要もないんです

その決定する権利は他の人の物なんだから
その人の決定を自分の感情より優先させるだけの事です


起源や由来なんて時代や場所が変われば大きく変わるものです
そんなものいちいち引っ張り出したってしょうがないですね





ちなみに

目04 7/8 30ページ 読者の声のコーナーでは

早速目をつけた方とこんな質問のやり取りがなされていました


「ピニャータ―古来の伝統」という記事(2003年9月22日号)を興味深く読みましたが,少しばかり疑問が残りました。

偽りの宗教とのつながりはきちんと解説してあります。しかし,だれかの良心を傷つけるようなことがなければ受け入れられる,という立場をこの記事は取っているように思えます。

誕生日や,クリスマスのような祝日はどうなのでしょうか。

S・W,米国


「目ざめよ!」から: 

クリスチャンは,聖書の原則に反する偽りの宗教の信条や活動と今なお関係のある祝いや慣習は一切避けます。
例えば,聖書は誕生日の祝いを容認できないものとしています。(創世記 40:20。マタイ 14:6‐10)
しかし,どんな慣習にせよ,現在では偽りの宗教に関連した意味はなく,聖書の原則を侵すものでもないことが明白であれば,クリスチャンはそれぞれ,そのような慣習に従うかどうかを自分で決めなければなりません。




だぁかぁら

そんな事聞かなくてもいいのにs.w兄弟いいんだって

誕生日についてまた書かれている聖句だって、してはいけない根拠なんかじゃないし
原則侵してないしね


自分で決めるんですよ
目覚めよ誌さんも、なんだか歯に衣着せた言い方してますけど
良いって言ってるですよ

誕生日だけは引っ込みつかなかったのかな?

いやはや

現役の皆さん
そして家族にもつ皆さん


誕生日もお正月も初詣もこどもの日も七五三も

みんなオッケーですよ

だって

日本人の意識として宗教行事と認識して行っている人
ほとんどいないはずでしょ

ただ単に子供の成長を祝ったり家族が一緒に過ごす為だけなのですよ

誰かの良心を傷つけないのなら
オッケーと言う事で
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by unite69 | 2009-01-10 23:21 | 組織のこと
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