机上の楽園で永遠に生きられますか


1度でいい事を、2度言わなけりゃあいけないってのは、そいつが頭が悪いって事だからです。
by unite69
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送る人 送られる人

ずいぶんと時期のずれた話になりますが

先日休みが取れたので積んであったDVDを見なきゃならないなぁと
思っておりまして

話題にもずいぶんとのぼっていた「おくりびと」をようやく見ました

正直、ここまでの話題作は前情報が先行してしまい手が遠のくのが常なのですが
見てよかったなとしみじみと感じる良い作品でした

素直に心に入ってくる内容もそうですが
時に考えさせられる所も多くありまして

ま、それはJWとして育ってきましたからなんでしょうけど




「死」というものに対してJWは一般とはずいぶんと異なった考え方を持っていますので
死にまつわる様々な場面で非信者とぶつかる事があります

焼香しない、手を合わせないなどお葬式に関してや
お墓参りに来ない骨を捨てるといったことなど、様々なトラブルを生みます

長年連れ添った連れを亡くしたり、我が子の死に目に立ち会う親にとって
身近な者の死は何より辛い経験でしょう
そんな場面で、
信仰の自由を主張し理解のできぬ話をされては、感情を乱されるのは当たり前です

実際に奉仕をしていて
親戚の葬式のトラブルを理由に証言を断る方にずいぶんとお会いしました



エホバの証人は一般的なお葬式にはほとんど参加しません
それは、死者には意識がなく無存在になると教えられているからです


「生きている者は自分が死ぬことを知っている。しかし,死んだ者には何の意識もな(い)。
シェオル,すなわちあなたの行こうとしている場所には,業も企ても知識も知恵もないからである」
(伝道の書 9:5,10)

また楽園での再会を信じていますから死は単なる休息と考えています



「おくりびと」の中でも表現されていましたが、

日本で古くからある

死はおしまいではなく「門」でそこをくぐり次に進む為のもので
死んだ人の尊厳を重んじ、美しく身支度を整えて送り出すと言う考え方とは

おおきく異なっているわけです


死んだ後は何もないんだから、送り出すも何もない
悲しみこそすれど、死者をなだめたり墓に参拝するのは無意味だと考えています


こういう考え方を真剣にしていますから
JWの人達はどこか「死」に対して淡白と言うかドライな見方をしています

出版物の中には葬式に関わる時間が大きくなると
霊的な活動への時間が減る・・・だとか
費用面での負担が大きいとか書いていますしね

ここのところのJW教理の是非についてはおいて置きますが


この映画を見て

人の生は限りがあり
限りが在るからこそ死に際して故人を思いやり
そこにある尊厳のある死を通して
残された人達が生を大事にする

そんな考え方生き方が、人としてとても美しく自然に思えました
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by unite69 | 2009-05-03 22:02 | 自分のこと
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