机上の楽園で永遠に生きられますか


1度でいい事を、2度言わなけりゃあいけないってのは、そいつが頭が悪いって事だからです。
by unite69
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カテゴリ:組織のこと( 17 )


ちょいと,馬鹿馬鹿しい小咄をひとつ・・

公開講演が30分に短縮化されて早2年半が経過しようとしてます

45分だった頃はどうやったら余った時間を埋められるかの戦いでしたが
今やどうやったら削れるかの戦いになって
ますます話し手の技量が現れるようになりました

実際、30分というのはなかなか難しいですね
山場を作るにもボリュームが足りないし・・・
余計なこと言ってるとすぐおわっちゃうし

っていうかほとんどやったことないんですよね30分は
45分のあの苦労・・・もう二度としたくないです

うちの会衆はというと・・・
なんていうか責任感が足りないというか
自覚がないなぁと思う人ばかりです

自分の話が、この集まりの半分を占めているんだということの重大さを
理解していないというか・・・


なんというかこう

どんなに下手な話でも

「兄弟!よいはなしでした!」
「考えさせられました!」
「例えがよかったです」
「あの経験は、どこできかれたんですか?」など
講演者への感謝の言葉はいくつかのパターンに分かれているので
へたくそでもそれなりの感謝とねぎらいを受けれる仕組みになっています

実際聴衆はほとんど聞いていませんから
話す方も割り切ってその程度の準備で挑んでます

わたくしの会衆では
講演を作る時間が短ければ短い方がカッコいい!
と勘違いした風習があり
講演の前日にみんなと飲み会やっちゃってる俺すごくない?的な勘違い野郎も居ました

また、前の日に奉仕に現れて
「まだ資料読んでもいないんだよね」とかうれしそうにおばちゃんに言ってるおばかさんも居ました
実際は、必死にやってるんでしょうけど
講演がうまくいけば、短期間でいい話できる能力アピールにもなりますし
うまくいかなければ、能力がないのではなく時間がなかったアピールになる保険つき
やっぱりその程度の話でしたし

突然集会に研究生やご主人や普通の方が来たときの対応も考えていませんので
そういう方の感想はいつも
「良くわからなかった」
「難しかった」
で終っちゃいます

初めての方がいないなら、そういう前提で話してもかまいませんが
もし、そういう方がいるのなら
分かりやすい資料の運びや言葉使いにしなきゃいけませんよね
準備が大変かもしれませんが、人命がかかっている(と思っている)のだから
それ位しなきゃおかしいもんです


一流の噺家さんは、寄席の入り具合や客層や前座の盛り上がりを加味して
枕や落ちを工夫します
若者が多ければ今時の言葉を入れたり聞き手に合わせるのが一流です

そういう領域になるのは相当の場数を踏んだ人なんですけど
そうじゃなくたって場の空気を読むのは噺家としての最低条件といいます

成り行きで話し作ってなんとなくこなせちゃう僕長老をナントカしないといけないですね


聴衆に匿名で講演の感想をポイント評価させて
ポイントが溜まると昇格とか奉仕時間と交換できるとか
一定期間ポイントがたまらないと降格とか

こないだ背教友達とも話していたんですが

長老は普通の仕事を禁止させて、長老職の働きに応じて寄付から給与を出すようにしたら
きっとみんな頑張るでしょうね
評判が悪ければ生活にかかわるとなれば、ちゃんとやるはずですし
牧羊も決め細やかで愛のあるものになるでしょうし
話も手を抜かなくなるのであれば、成員も寄付が使われることに文句は言いません

統治体の皆さん
これ絶対うまくいくから採用してくれないかなぁ
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by unite69 | 2010-06-07 01:12 | 組織のこと

おわりのはじまりのおわり

そういえば最近は潜入レポート記事みたいなものをしてないので
わたくしが現役であるかも良くわからなくなっていますが
いちおう通ってます

人生修行の為にですよ

現役の務め?として内部の話はしていかなければならないなぁと
常々思ってはいるんですが

集会に行くと思考が飛んでいってしまう(脳の自己防衛)のです

しかしここはちょっと気になっていた内容なので
書いておこうと思います



2010奉仕年度の巡回訪問の最後の話では
すでに色々なところでも話題になっている終わりのしるしとその世代についての
説明がなされました

雑誌にのっていましたが、まだ集会で扱われていないので
理解していない成員が多かったようです

多分扱われても深く考えない人がほとんどでしょうから
あえて扱ったんでしょうかね

世代に関しては以前からも方向を転々と変えながら
よくわからない方向へタッキング(笑)していたようですが
今回の話をぼんやりと聞いていたらなにやら様子がおかしいので
ノートをとってみました

教理関係はすっかりどうでも良くなっていて忘れちゃってることが多いうえに
さらっと聞いていたので違ってたら誰か追記してください




世代の教理とは・・・(orepediaより)

マタイ24:34にかかれている
この人たちが全滅するまでには楽園は来ますよラインの算定に良く用いられる教え
JWの大好きな教理で
「楽園が来るとかこないとかで信じてるんじゃないの
 エホバを愛しているからお仕えしているの!」
といいながら、みんなが注目する教え 協会の方針
よく変わることで有名
類)クルクル詐欺


近年の移り変わり
① (1992年以前)1914年の世界の状況を見て理解できる一般の世代

② (2008年2月~) 1914年のしるしを認めた油注がれた者(年齢問わず)
   
だったかな?

②の特徴として
今までと違い若い油注がれた追加メンバー(自称)を補充することで
世代の範囲を無制限に広げることができ
終わりが来なくても言い訳が立つ点でした
ネットでもよくとりあげられていました

その記事↓

***08 2/15号のP24 15節***
キリストの臨在
―あなたにとって何を意味しますか

(中略)
ですから,『世代』とは,
ある特定の時代に生きている人々に
関して用いられる場合,
終わりのあるもので,
極端に長く続くものではない,
と言えるだけで,厳密な長さを述べることはできません。

それゆえ,マタイ 24章34節に記されているように,
イエスは「この世代」という表現を用いることによって,
『終わりの日』がいつ終わるかを
算定するための手がかりを与えたわけではありません。

それどころかイエスは,
『その日と時刻』を弟子たちは知り得ない
ということを強調したのです。
―テモ二 3:1。マタ 24:36」



世代が広い範囲であって無制限ではないが予測不可能である
ていうか算定するなんていけないんだよ!

という感じの駄目押しも含まれてましたデスカね
オマエガイウナ!と言う突っ込みは無しでね


そして③回目

*** 2010年4/15号 エホバの目的が遂げられてゆく過程での聖霊の役割 ***

では


この語は普通,ある特定の時代に
生涯が重なる様々な年齢層の人々を指し,
その世代は極端に長いものではなく,
必ず終わりを迎えます。(出1:6)



表現が少し変わりましたね
生涯が重複するという言い方にご注意ください



それは,しるしが1914年に明らかになり始める時に
生きている油そそがれた者たちの生涯と,
大患難の始まりを見る油そそがれた者たちの
生涯とが重なる,という意味であったようです。
その世代には始まりがあり,もちろん終わりもあります」。



とここで説明がスパッと終わって次の話題に行っています

ちょっと言い方が変わっただけかのような印象を受けますが

2010年6/15号の年次株主総会の報告の記事にはもうすこしくわしくかかれておりました

ジョン・バー兄弟は、
マタイ24章34節の
「これらのすべてのことが起こるまで、この世代は決して過ぎ去りません」
という言葉に言及し、

「それはしるしが1914年に明らかになり始めるときに生きている
油そそがれた者達の生涯と
大艱難の始まりを見る油注がれた者たちの生涯とが
重なる、という意味であったようです」

という文を2回読みました

「この世代」の厳密な長さは分かりませんが、それには生涯の重なるその2つのグループが含まれます

油注がれた者たちの年齢は様々ですが、その世代をなす2つのグループの人々は終わりの日の期間
同時に存在します

ですから
1914年以降しるしが明らかになったときに
それを識別した年上の油注がれた者達と同じ時代に生きる年下の油注がれた者たちすべてが
大艱難の始まるまでに亡くなるということはないでしょう
これはじつに心強いことです



とあります

今回の3回目の変更はようするに
1914年のしるしが明らかになり始めるときにそれを理解できる油注がれた者(第一世代)と
生涯の重なっている若い油そそがれたもの(第2世代)が死ぬまでにはきますよ
っていうことなんでしょうかね

っていうか
重なるってどこから出てきたんだ?
根拠ないじゃないか・・・

いや、ちょっとまってくださいね

それより
②では終わりの時期を無制限に延長可能にしておきながら
今回は終わりの時の試算ができるようになちゃいませんか?

昔に戻っておる気がするのはわたくしだけか・・・

この方法だとあと20年くらいの間に第二世代は亡くなってしまう気がするのですが

その頃になったら、その第二世代と生涯が重なる第三世代がなくなる前には来るという意味です・・・
第四世代が・・・と
延長していくつもりなのでしょうか

とにかくもうこじつけとか理解とかもうそんなレベルではなくなって来ていますが
もう、どうでもいいですね
信じてる人も少なくなってきてるんでしょうし

だからこそのこの変更なのか・・・

巡回監督の話では
この点に触れながら、時の緊急感を再び強調していました
「いまのメンバーで大艱難のはじまりを見るのです!」
見たいな事を力いっぱいして話してました

そんなこと言ってるけど、あんたそれまでに死ぬよ・・・きっと・・・

という突っ込みはしないでおきましょう
本人もうすうす分かってると思いますから

そんな風にしてでしか信者をつなぎとめて置けない組織としたら
もう、ここはやばいのかもね


しかし会衆内では老齢の姉妹や家族がJWから離れている方が大勢いるのですが
みな目を押さえて泣いていました

なんか複雑でしたね
今までつらい状況を耐えてきた方々の期待の涙も
もう、家族は間に合わないと感じて流したのかもしれない悲しみの涙も・・・
どっちにしても外れるんですから

もういい加減振り回すのはやめてほしいです
みんな心穏やかに静かに暮らさせてあげてください・・・
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by unite69 | 2010-05-30 20:27 | 組織のこと

ロールスロイスは故障いたしません

世界に名だたる優良企業には決まって伝説的な逸話が存在します


言ってしまえば都市伝説のような完全嘘っぽいものもあるし
そこならありそうだなぁと思わせるものもあります

わたくしの好きなお話で
イギリスの超高級車メーカーのロールスロイスの伝説があります

よく知られているものかもしれないんですが
要約するとこんな感じ↓


とあるお金持ちがRR社製の車で砂漠だかアフリカだかを走っていたところ
突然車が故障してしまいました
人里はなれたところだったので途方にくれたこの人は
とりあえず無線でRR社に連絡をすることに
すると、すぐに輸送ヘリでスタッフが新車を届け交換して帰っていたという
(整備士スタッフがヘリできて直して帰ったバージョンもあり)

そのお金持ちが感激して電話をし請求について問い合わせたところ
「ロールスロイスは故障いたしません」といわれ一切の請求をされなかったという・・・


真偽のほどは確かではありません
(たぶん脚色されたものだと思いますが・・・)

でもかっこいいですねぇ

5000万円オーバーの超高級車メーカー
ロールスロイスのサービスや安心感をあらわしている逸話だと思います

こういった話は何にもないところから出てくるのではなく
その企業の信念だったり特徴が一般的にも知られるようになって初めて語られたり
するものだと思います

自動車メーカーに限ったことではないですが
こういったクレームや問題に対してどういった対応をするかで
その組織全体の質がわかるのではないでしょうか

例えば夢を提供することで知られているディズニーにも
同じような心温まる対応についての様々な話がありますよね


こと、営利が絡んだビジネスでも顧客満足が問われるのですから
仮にも愛を説く宗教団体ならこういった神対応についての伝説みたいなものって
あってもいいと思うんですが・・・
エホバの証人の話っていまいち感動するものってないですよね

よく大会の最後に会場関係者やらホテル従業員からのコメントなどの
JWすばらしい人達だ的コメントが発表されて、ワーッって拍手なりますが
あれは、こちらがお客なのですから当たり前です

それよりも前の記事のコメントにあったような
融通の利かない車椅子とベビーカーみたいな残念な話をよく聞く気がします

近くの会衆で改装があったとき
科学物質過敏症の姉妹一人の為に壁紙のランクを上げられないと
のたまった長老が居ましたっけ

宗教団体の癖にプロ意識が足りないんですね
もうちょっと意識かえてかないとお客離れていっちゃいますよ
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by unite69 | 2010-05-23 21:25 | 組織のこと

みんな昔はこどもだった

前の記事でも書きましたが
うちには子がおりまして

これがまだ片手で数えられる年月しか生きておりませんので
集会で長いこと座ってるなんてのはどだい無理な話なんです
だって普通の集会だと2時間近くですよ
大人だって耐えられない長丁場
ただでさえつまらないうちの会衆のお話(しつれいですが・・・)
耐えられないのは当たり前

いぜん英語会衆に足繁く通ってた時期がありますが
英語に興味を持って話を聞いていたとしても
時々居眠りしていましたからね
話の内容が理解不能な子供には無理な話です


こないだ大会に行ってきたんです
一日大会

プログラムが始まりましてしばらくすると案の定うちの子は
ぐずぐずと動き出しまして
ハトヤの魚よろしく腕の中で暴れるものですから
「しめしめ こどもにかこつけてロビーでサボろうかな」とほくそえみ
子煩悩な父親の様相で席を立ったのですが
ロビーに出てみると、子供なんてほとんどいなかったんですね

「あれまぁ、ちょっと早かったかな。さすがに1個目のプログラムじゃまだいないか」と
その場で暇をつぶしていたのですが、待てど暮らせど子連れは来ない

来るのは遠い目をした節目がちのおばさんと
完全にぐれてるのにつれてこられた学生服の若モノ

仕方ないので席に戻ってみたものの
ぐずる子供はいても、みなさん一生懸命席であやしておられる

最近の子供は偉くなったもんだと思っていると
途中の歌の間の発表で一言

「小さな子供たちも、大ホールでプログラムに参加するのはふさわしいことです。
また、そうした努力を払ってる家族を私たちは褒めたいとおもうのではないでしょうか~」

なにが 「ないでしょうかぁ~」 だ

独身のお前に何がわかる!
子づれ大会はちょっとした肉体労働なんだぞ!!!
と激しく心の声で叫んでおりましたが、そんな怒りもむなしく
ほとんどの家族が忠実に発表に従った結果
我が家が極端に目立つ羽目に
近くのマルチーズみたいな髪型のおばさん姉妹にじろじろ見られるは
案内係には迷惑がられるは・・・


ちなみに大会は群馬を利用しているのですが
群馬には2階ホール?があり、通常昼食時等に利用するよう開放されています
以前はプログラム中も子連れが利用できるようにされていましたが
そこも閉鎖・・・
入ることはできるのですが、照明は消されており空調まで止められていました
おそらく排斥されたのではないか的なオーラのかたが暗い座席にポツリ
いたたまれないっ!

仕方ないので駐車場をう~ろうろ

子供はこの組織にとっての財産なんでしょうに
ベビーカー持ち込み禁止といい
子供に厳しい組織
最近の風潮なんでしょうかね


とりあえずプログラムはな~んも記憶に残っていませんので
レビューはできませぬ故お許しを・・・
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by unite69 | 2010-05-01 23:50 | 組織のこと

すごいよ!JWさん

職場に派遣されてきてたJW2世の若者とお仕事することになってました

それはもう典型的な2世で大会常連神権家族で超さわやか
開拓奉仕を目指す為に、まずは補助を続けながら技術を身につけようというわけで

短期間なんですが一緒に行動する時間がありました


しかしなんというか
JW若者ってめんどくさい・・・

普段 何言っても黙りこくっちゃう若者とか、何考えてんのか分からない奴とかと仕事する機会あるんですよ
ぱっと見チンピラ風のこわもての若者とかね
でも打ち解けてきた時のやり易さを考えると普通の若者の方がマシです

JW2世はやりにくいですよぉ

のれんに腕押し
ぬかに釘

JW的模範解答しか言わないから、何考えてるのかつかみにくい
仮面背教者のわたくしだからこそやり取りもこなせますけど、一般の建築系のおっちゃんたちからすると
相当変人に見えると思うけど、どうなんだろうなぁ

集会の日には遠慮なくスルリと消えてくし
旧書籍研究の日だったのであろう水曜日には「家族研究があるのでお先に」といってまたドロン

まじめなんだねぇ

ちゃんと水曜日 7時くらいから家族集まって食卓囲んで研究してるんだろうなぁ



家族研究つ繋がりでちょっと余談ですが

友達の巡回区の大会で話された、家族での崇拝について
そこの話し手がこういう風に言ってたようです


組織が集会を一日減らしてまで、この家族の崇拝の時間を提案している
という事を忘れないでください
いまは、どうしてこういうやり方なのか理解できないかも知れません
でも、将来かならず
「あの時の提案は、この時のためだったんだ!」と分かる時が必ず来ます!!(きっぱり)


ふ~ん
不景気だからじゃなかったんだ
兄弟たちの経済的負担を減らす為じゃなかったんだ


この話し手のブットビ適用なのか
筋書きの一文なのかはわかりませんけどねぇ




そうか
こういっておいて、なにか良くない状況になった時に

「あの時協会は先を見越して決断してくれていなかったと思うと・・・ぞっとするわ」
「あの時、協会があのような決断してくれなかったと思うと今の私はここにいません」

とか言うつもりなんだね
さすがだね!
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by unite69 | 2009-11-01 18:04 | 組織のこと

「このバッジはですね、聖書の・・・」   「結構です」

大会プログラムレビュー


内容に関してはもう他のブログなどでも書かれている様なので
あんまり詳しく言及しませんが

一言で言えば
おんなじことの繰り返しって奴ですね

ただちょっと気持ち緊急感を煽る内容が例年より多かった気もします
大会主題がそうだから仕方ないですけど


やはり組織全体的には、カルト色を薄めつつも
他宗教との差別化は図っておきたい様に思えますね




一つ印象に残ったと言えば・・・
初日にあった年代計算に関しての言い訳プログラム

なんかもう言い訳って言うか
屁理屈って言えばいいのか


幾つかの間違った年代計算に触れ

「終わりの日を待ち望み緊急感を持っていたからこそ
年代について推測し期待を持ってしまった
見張りもせず、怠慢であったなら間違う事もなかった」

↑のような感じの事を力いっぱい言っていました

年代計算についてはもう諦めていましたけどね
ガッカリしましたyo

ここまで破綻したんだから、もう何事も無かったかのようにしててくれた方が
まだ良かった気がします
昔はここに信仰を持ってたんですよ
預言をズバッと解いて言い切っちゃう組織スゲーって


なんだか、昔好きだったアイドルがしばらくTVに出なくなって
「あの人は今!」見たいな番組に変わり果てた姿で現れた的な…

思い出のままでとっておけばよかった的な…

ん?なんか違うか



あとはまぁ賛美の歌の変更についてとかですかね
サンプル的に何曲か流れていましたが

率直な感想として

安っぽくなった感が否めません

昔の文語的な古臭い言葉だったからこその
重々しさ、荘厳とまではいわないまでも賛美歌的な雰囲気がありましたけど

普通の言葉に分かりやすいメロディだと
合唱コンクールの歌みたいな、ディズニーっぽくしましたみたいな印象です


変更の理由については

聖書の理解の変化により、言葉の言い回し上正しくない歌詞があった
(エホバのみ名の立証という言い方とか)

声楽を習っている人じゃないと歌いにくいメロディがあった

とかいってました


メロディは確かにイマイチなものも在りましたし、音取れてない姉妹がフライング気味に
歌いだしたりするのがなくなってしまうのかと思うとちょっと残念です

あとカッコで書かれてる歌詞とか、歌う人と歌わない人がいて微妙でしたし



新しい光(笑)によって理解が変わった部分の歌詞なんかもう何でもいいような気がしますけど
きっとどこがどう変わったとしばらくは盛り上がるんでしょう

これもエホバが正されていく過程なのよ!

ハイハイ・・・




幾つかの曲は無くなって少なくなっているようですけど

勝利の歌とか、♪すっすめ~すっすめ~勇ましく♪とかは

残して欲しいなと思いますね

子供の頃の思い出がいっぱいです

そんなこと考えながら歌の本をぺらぺらめくっていたら
ぜひとも削除しなくてはいけない曲を見つけました


♪113
b0154817_10245847.jpg

これは消さなくっちゃまずいでしょう

嘘歌っちゃいけないでしょ

それか歌詞だけ変更かも

「よ~げんは~ (たぶん) た~だし~」
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by unite69 | 2009-08-23 10:52 | 組織のこと

だれも僕を責めたり出来ない

ロンちゃんさんからコメントで情報を頂きまして

今回は物事の起源とJwの判断についてです
内容としてはかなり重箱つつきになる予見なのですがご勘弁を・・・


久しぶりのライブラリー起動して調べてみました
てか2007年度版使いづらい・・・


情報頂いたのは南米メキシコに伝わる「ピニャータ」というものにまつわる
目覚めよ 03 9/22 22ページ ピニャータ―古来の伝統と言う記事です


概略もかねてこのピニャータと言うお祝い事についてまとめてみましょう


メキシコ伝統文化のくす玉人形、それを割る子供の遊び
素焼きのつぼや風船を芯にした新聞紙の張子をひだ状にした色紙でカラフルに装飾し
中にお菓子やおもちゃを詰めてパーティー会場に吊るされ
集まった子どもたちは目隠しをして、ピニャータを叩き割ります。
そして子供たちは割れたピニャータから床にこぼれたたくさんのお菓子や玩具を拾い集めて祭りを楽しみます

b0154817_2257415.jpg

(写真ウィキペディアより)

なんだか日本のスイカ割りみたいで楽しそうですね

では実際に目覚めよ誌ではどのように報告されているのでしょうか


記事抜粋
ピニャータの起源


13世紀に,ベネチアの旅人マルコ・ポーロがこの“ピニャータ”を中国からイタリアに持ち帰ったと考えられています。
その慣行はスペインに広まり,四旬節の最初の日曜日※にピニャータを割ることが習慣になりました。 


※四旬節は,カトリックなどの宗教で悔悛のための40日の期間を指し,
その最後を飾るのは,復活祭の時期の聖週間における種々の祝いです。

メキシコのポサダは,クリスマスに先立って行なわれる9日間の祝いで,
ヨセフとマリアがポサダ,つまり宿を探したことを再現するものです。
その9日間には毎晩,祝祭の最高潮としてピニャータが割られます。



しかし,宣教師たちは(わたしたちもそうでしたが)驚いたことでしょう。
メキシコの原住民の間にすでに同じような伝統があったからです。
アステカ族は,太陽と戦争の神ウィツィロポチトリの誕生日を祝うため,一年の終わりに,
その神殿の柱の上に陶器のつぼを置きました。つぼは色とりどりの羽で飾り付けられ,
中には小さな宝物が詰められました。
その後,つぼは棒で割られ,こぼれ落ちた宝物はその神の像への捧げ物となりました。マヤ族の間にも,ひもにぶら下げた陶器のつぼを,目隠しをした人たちがたたくという遊戯がありました。




さて、いったん休憩です

jwの大好きな物事の起源について書かれていました

三行で要約すると

お祭りのイベント
元は復活祭の祝いの行事
更に元々はアステカ族 太陽と戦争の神の誕生日で


ガ━━━━━━━∑(゚□゚*川━━━━━━━━ン!

えええええええええええええ????


いきなり凄い由来出てきちゃいましたね


まず散々雑誌でも偶像だ悪影響だと叩いていた復活祭です
飾られた卵はキリストの復活を表す宗教的なものだとか
ハロウィーン仮装は悪魔崇拝が由来だとか
散々な言われ様でした

アステカ族のほうはなんかもう手が付けられない由来のたたき売りです
誕生日だって出てるし


そんなjw的に禍々しい由来を持つこのピニャータという行事
さぞかし酷い言われ様なのでしょうか


続きを見てみましょう



現在のピニャータ

後にピニャータは,クリスマスの時期に行なわれるポサダという祝祭に取り込まれ,今日に至っています。
(星形のピニャータは,占星術者をベツレヘムに導いた星の象徴として用いられています。)
また,ピニャータ割りは,誕生パーティーに欠かせないものとされています。


わたしたちは,多くのメキシコ人の間でピニャータが宗教的な意味を失い,大半の人が単なる無害な楽しみとみなしていることを知りました。
その証拠にメキシコでは,ピニャータがポサダや誕生日だけでなく,様々な祝い事でも用いられます。
また,伝統的な星形のほかに,様々な形のピニャータを買うことができます。動物や花やピエロの形に似せたピニャータもあります。


クリスチャンは,社交的な集いにピニャータを取り入れるかどうかを考慮する際,他の人の良心に気を配るようにします。(コリント第一 10:31‐33)

おもに考えるべきなのは,その慣行が何百年も前にどんな意味を持っていたかではなく,
現在,自分の住んでいる地域でどのようにみなされているかということです。
言うまでもなく,その見方は場所によって異なるでしょう。
ですから,そうした事柄を大きな問題にしないのは賢明なことです。聖書はこう述べています。

「おのおの自分の益ではなく,他の人の益を求めてゆきなさい」。―コリント第一 10:24。


 
ザワザワ( ゚o゚)(゚o゚ )ザワザワ( ゚o゚)(゚o゚)ザワザワ( ゚o゚)(゚o゚ )ザワザワ

 




現在でもこの祭りはクリスマスの時期に・・・
星型はサタンの星・・・
誕生日パーティーに欠かせない・・・


ヒソヒソ( ゚o゚)エ、ナニ?(゚o゚ )ネェ、キイタ?( ゚o゚)ヤダ、ホント?(゚o゚)

ん?

んん??

んんん???


見間違えかと思って何度も読み返しちゃいました


この記事(というか許可を出している統治体)の意見として
このトンデモ由来祭りピニャータは

良心の判断でok

ということですよね


おもに考えるべきなのは,その慣行が何百年も前にどんな意味を持っていたかではなく,
現在,自分の住んでいる地域でどのようにみなされているかということです。


なんだ

分かってんじゃん
それでイインダヨ

全部それで解決じゃん

いい聖句あんだからさ

他の人の益を考えればいいんです

聖書に書かれている大罪で無い限り
誰が何しようと何を祝おうとトヤカク言う必要ないしつまずく必要もないんです

その決定する権利は他の人の物なんだから
その人の決定を自分の感情より優先させるだけの事です


起源や由来なんて時代や場所が変われば大きく変わるものです
そんなものいちいち引っ張り出したってしょうがないですね





ちなみに

目04 7/8 30ページ 読者の声のコーナーでは

早速目をつけた方とこんな質問のやり取りがなされていました


「ピニャータ―古来の伝統」という記事(2003年9月22日号)を興味深く読みましたが,少しばかり疑問が残りました。

偽りの宗教とのつながりはきちんと解説してあります。しかし,だれかの良心を傷つけるようなことがなければ受け入れられる,という立場をこの記事は取っているように思えます。

誕生日や,クリスマスのような祝日はどうなのでしょうか。

S・W,米国


「目ざめよ!」から: 

クリスチャンは,聖書の原則に反する偽りの宗教の信条や活動と今なお関係のある祝いや慣習は一切避けます。
例えば,聖書は誕生日の祝いを容認できないものとしています。(創世記 40:20。マタイ 14:6‐10)
しかし,どんな慣習にせよ,現在では偽りの宗教に関連した意味はなく,聖書の原則を侵すものでもないことが明白であれば,クリスチャンはそれぞれ,そのような慣習に従うかどうかを自分で決めなければなりません。




だぁかぁら

そんな事聞かなくてもいいのにs.w兄弟いいんだって

誕生日についてまた書かれている聖句だって、してはいけない根拠なんかじゃないし
原則侵してないしね


自分で決めるんですよ
目覚めよ誌さんも、なんだか歯に衣着せた言い方してますけど
良いって言ってるですよ

誕生日だけは引っ込みつかなかったのかな?

いやはや

現役の皆さん
そして家族にもつ皆さん


誕生日もお正月も初詣もこどもの日も七五三も

みんなオッケーですよ

だって

日本人の意識として宗教行事と認識して行っている人
ほとんどいないはずでしょ

ただ単に子供の成長を祝ったり家族が一緒に過ごす為だけなのですよ

誰かの良心を傷つけないのなら
オッケーと言う事で
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by unite69 | 2009-01-10 23:21 | 組織のこと

偽物と本物

東京都美術館で開催されていた
フェルメール展に行ってきました

いままで特に絵画に興味を持ってみた事は無かったのですが
学生の頃、教科書で見たフェルメールの真珠の耳飾の少女の絵が
あまりに鮮烈で印象に残っていたのもあり
このたびの来日を聞いて
上野までいってきました

b0154817_1117331.jpg













案の定 たくさんの人人人
散々ならばされましたが
お目当てにしていた絵にあう事ができました


フェルメールは日本でわりとなじみのある画家の一人ですが
その理由は宗教画が少ない事です

ほとんどが日常の一部分を切り取ったような風景や人物画なんですが
その一つ一つの表現が美しくそこにある物語を連想させるような
魅力があります

ミケランジェロやダヴィンチのような宗教画って
あまり日本人受けしないですよね

妙にマッチョな天使や裸の男女が画面中にうじゃうじゃいたり
宗教を題材にした絵画は基礎知識の無い日本人にはさっぱりなのかもしれません


さて

芸術の世界を語るのにどうしても避けて通れないものに
真作と贋作の違いというものがあります

テレビでもよく鑑定家の人達が頭寄せ集めて調べて
値段をつける番組とか人気ありますよね

その人本人の思い入れとかいきさつなんかが紹介されて
鑑定を依頼します

我が家は裕福ではないので、

出てくる金持ちそうな人が偽者をつかまされてガッカリしているのを見ると

「やっぱり欲の皮が張ってるとこうなるんだ  くくく」とか言って

ほくそえんだりします  実にいやらしいです




見ていると、中には本当にその絵や骨董に惚れ込んで
家族の反対も構わず大金で購入し
神棚に飾って毎日でも眺めて「本物は最高だ」といいながら

鑑定の結果 ただの偽者だった事が判明して
ガッカリして帰ってゆく人もいれば

偽者でも、これは自分には美しいし、思い入れもあるので大事にします 
といって帰る方もいます

どちらのケースも善いとか悪いとか言えないのですが

問題は、「これは本物なんだよ」と言って
持ち込んでくる事です

持ち込んでくる人に騙そうという悪意があって
借金のかたにでも、と持ち込んでくるのなら
「騙された!コノヤロー!!」と言ってうらむ事も出来ますが

持ち込んだのが悪意の無い近しい人だったりする場合
偽者だとわかっても失意や怒りを向ける事も出来ない

なんとなく美しいし、あの人から勧められたのだから
見抜けなかった自分が悪い…

と納得せざるを得ない


なんか組織と一緒なんじゃないかな・・・と

この組織は価値の無い偽者ですよ!とわかって
今まで人生つぎ込んで大事にしていたけど、ガッカリして手放せる人

偽物ですよ!といわれても
いや、でも自分にとってはいまさらだし、まぁ美しいと思えるので
本物か偽物かは関係ありません

と自分の気持ちを納得させとどまる人もいる

「偽者なんか手元に置いておくべきではない!」といって
無理に手放させるのも変な話ですし

結局は自分の気持ちの問題なんでしょうね

うちにはしばらくまだ偽物の絵を飾っておく事になりそうです
あんまり美しいとも思えないのですが・・・




まぁ一番悪いのは

その偽物を本物だと言い張って高額で流出させた人なんですけど



統治体の皆さん

いや

会長さん達^^
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by unite69 | 2008-12-21 11:20 | 組織のこと

僕にその手を汚せというのか

いやね・・・

久しぶりにイラッと来る記事を読んでしまって

無性に腹が立ってしまいました


12月号の目覚めよ  若い人は尋ねる
    友達のした事を誰かに知らせるべきだろうか



ね?

嫌なタイトル


時々書かれる 『違反者、背教者あぶり出し記事』です
友達が悪行にかかわったなら、すぐに長老に伝えましょう


こうした記事は定期的に出されます

記事に加え、神権宣教学校の話の主題などにも

「重大な罪を長老に告白すべきなのはなぜか」

といった密告推奨のプログラムが出てきます


JWの場合
他の人の悪行を見たならどうすべきでしょうか

【塔85 11/15 他の人の罪にあずかってはなりません】 には
このようにあります 


神の許しを求めて長老たちに告白するよう悪行者に勧めても,当人がそれを延ばし続けたり,
その処置を取る必要を理解しなかったりするときはどうですか。
問題をただ見過ごすことができるでしょうか。

ある人は,かかわりになりたくない,と考えるかもしれません。
過ちを犯した人との友情をあえて失いたくないと思うかもしれません。
そのような人たちは,長老たちに言いつけて信頼を裏切った者とみなされたくないのかもしれません。

しかしそれは誤った考え方です。

詩編作者ダビデは,「わたしは不真実な者たちと共に座りませんでした。わたしは自分がどんな者かを隠す者たちと共に入って行きません」と述べました。(詩編 26:4)
ですからわたしたちは,「自分がどんな者かを隠す者」の共犯者になりたいとは決して思いません。

したがって,過ちを犯した人に対して,その悪行に関し
長老たちに近づくための道理にかなった程度の時間を与えたあと,
その人が,監督たちの調査に値する重大な悪行を打ち明けたということを,責任ある監督たちに知らせる必要があります。

(引用終わり


こうした記事では大抵の場合 重大な罪(淫行、犯罪など)を
見て見ぬフリをするのは愛のある行為ではないと書きます

またそのような悪行を見過ごすなら
その罪にあずかるものとなる

とも言います

確かに、その人にとって良くないことを見たなら

教えたり正すよう薦めるのは良い事かもしれません
  (たとえば、麻薬とか犯罪に関わってるとか・・・)



気になるのは

長老に告白するよう勧めてから、その人が動かなかった場合

その事を見たアナタが密告しないと

アナタが神との関係を損なって、下手したら罪を犯したのと同じになります

密告した場合 それはアナタがその友人の為に愛を差し伸べたのであり

神はそれを喜ぶ・・・っていうところ




その悪行を犯した人が、罪の意識も何も感じていなかった場合
その件にJWが関わっていない限り、黙っていれば隠し通せるものも多いでしょう


仮にJWが関わっていたとしても通報しなければ
それもまた闇に消えていきます


そのままだと信者の意識の基準がゆるくなり、いずれは減少してしまうのを怖れてなのか


密告しないと同罪
逆に密告するのが愛

という、聖書的な根拠皆無のルールが認可されているのです


加えて審理委員会では

告白したか 発覚したか



ずいぶんと罪の裁量が変わって来ます

つまり、自分から告白したからこの人は反省している と判断され

誰かに密告された場合は、隠していた=反省の色無し・・・と

扱いが代わってきます

他にも隠していた時間が長ければ長いほど
意識的に罪を隠し平然としてきた・・・とみなされ処置に加味されます


こうした排斥処置の量刑判断は時々雑誌を通して知らされています

真面目なJWはほっておいても子とある事に目にしたり聞かされたりするので

自首するわけです


悪行を知っていたのに黙っていた事がばれた場合も

特権持ちの場合 削除されるパターンも良く聞きます


この自首減刑制度と密告システムによって

黙っていてもオイタしちゃった若者が吊り上げられて行く仕組みのできあがりです

後で関わっていた事がばれて隠していたなんて思われたら

排斥ものですからね


最近じゃ 自首するのも少なくなってきているかも知れませんね






密告なんてするもんじゃありません

現役の方々  


「その時は関係が気まずくなったけど、後に良い事をしたと感じています」

なんて雑誌に書かれた洗脳されたセリフ


絶対に出てきませんから

経験者が語る です




10代の頃 自分が引き金を引いて

親友が排斥になりました

今でも ずっとずっと後悔しています

彼にあってあの時の事を謝りたくて

でも連絡先も何一つ分かりません






神との関係に他の人が入り込む必要はありません

間違った事をしてしまったと感じたとしても

他の人がそれを裁いたり、入り込む必要はありません

ヨハネ第一 3:20 そのまま読んだらいいんですよ

何か心に責められるようなことがあっても,それについて[神]のみ前で自分の心を安んじることができるでしょう。神はわたしたちの心より大きく,すべてのことを知っておられるからです。
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by unite69 | 2008-12-13 21:58 | 組織のこと

じゃあ何着たらいいんだよ

laodiceaさんの「なまぬるい生活」ブログの中で

すでに取り上げられていていましたが

只今べテル見学の服装に関するパンフレットが会衆の掲示板に

掲げられています

人目を引く美しいカラー写真の4ページです


これはっ!


と思い手に入れようとしたのですが

掲示板の前は案内係の奉仕の僕の兄弟が目を光らせていますから

不審な行動は出来ません

彼がようやくファイルをもってうろうろし始めたところで

鮮やかに掲示板から抜き取って

コピー機に乗せたところ

わが会衆は白黒しかない事に気付きましたが

妙な使命感からコピーしなきゃならない、と鼻息荒く

コピー機に覆いかぶさるようにして完全なる不審者のごとく

コピーして参りました


さてネットに流してやろうと思ったのですが

エキサイトブログにはアップローダーが無い事を思いだし

生まれもっての諦めのよさも相まって

あっという間にゴミ箱の中に投入されました



「なまぬるい生活」では見やすくあげられていますので

そちらでどうぞ






そちらの記事のコメント欄でRBCでの服装について

書かれていました

最近、建設奉仕者のニッカ着用禁止令が出ていたようです


ニッカボッカーというのは、いわゆる作業ズボンとして日本では良く知られる

足首がキュッとしてひざ下辺りがダボッとしたあのズボンの事です

あの作業服の形には理由があります

高所作業をする場合、しゃがみこんだ時にズボンのひざが突っ張って

動きにくい、しゃがみにくいというのを防ぐ効果があります

また、スソ周りが絞られててダボダボなのは

体を大きくして威圧する為ではなく

普通のズボンのように広がったスソが何かに引っかかるのを防止する目的もあるそうで

諸説諸々なんですが


とにかくまぁ
なんにしても理由があるわけです



ところがべテルからきたお偉いさん方が

その服装は世の精神を反映している!禁止にするべきだ!

とありがたい提案(命令)をされて

それに追随する地区建設の委員さんの中には

偉い人の意見にはむかうような気概のある男はいないようで

満場一致でニッカ禁止が採択された・・・との事

そりゃ毎日スーツ着ている人には必要の無い服装かもしれないですが

現場作業員には必要なもので

そこに世の人に見習おうとか、かっこよくしたいとか
そんな考えはあまり無い様に思えます

それを否定するのなら、建築の仕事自体が
世の精神って言ってるようなものですよ

企業ロゴの入った作業服禁止!とかいう地方ルールもあるみたいですし



結局、作業しにくい効率が悪いという現場の声が散々大きくなった結果

現在ではニッカ解禁されている模様です

全くもってくだらない一連の流れに辟易してしまいます


「着るものでその人の人となりが決まるのです」と言うのならば

スーツきてりゃぁみんな紳士か?

着てても変態ばっかりのうちの会衆はなんなんだ!



・・・とりみだしました


とまぁ ここにも組織の基本体質

「信者はみな我々が導かないと好き勝手やるだろう」という

勘違い甚だしい考え方が見られているのだろうなぁと

思いました

くだらない地方ルールばっかり作ってねぇ・・・



目的地不明の迷走を続ける組織と

上には何一つ疑問を持たない(持てない)大勢のJW一般信徒


今後も迷走は続くのだろうなぁ
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by unite69 | 2008-11-28 23:58 | 組織のこと