机上の楽園で永遠に生きられますか


1度でいい事を、2度言わなけりゃあいけないってのは、そいつが頭が悪いって事だからです。
by unite69
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母を尋ねて

母親と組織の矛盾について話していると

どうも途中で論点がずれまくって言い合いになって

最終的には

「もういい! 私には話さないでいいから」と

打ち切りになってしまう事がよくあります



母はもともと感情専攻崇拝者でしたし

「難しい事は分からなくてもいいの
 自分に分からない事も信じる事が信仰の定義でしょ」

とトンチンカンな事を言い出す人だったので

はじめからすんなりこちらの意見を分かってもらえるとは

思ってもいませんでした


てゆうか信仰は
「望んでいる事への確信」であって
「納得できない教理への盲信」とは
全く違いますよ・・・


とにかくまぁ

話し合いにならないわけです


先日も実家で話していて
「アンタは何で組織を信じれないの?」と聞いてきたので

「じゃあ 組織の全てを信じれる根拠って何?」と聞くと

しばらくして耳から煙を出していたので

諦めました


でも

母が何故この組織に信仰を抱くようになったのか

非常に気になってはいたので

ルーツを探る事にしました


とりあえず下手な詮索は口論の元なので

母親が研究を始めた頃のものみの塔を調べてみる事にします


その当時の研究司会者が尋ねてきた時期は聞いていたので

その時期のものみの塔をまず調査。。。

およそ1980年初頭・・・

1975年前の殺伐とした終末論と我に従え!調の熱弁ではなく

どちらかといえば、キリスト教世界の矛盾追求や

自分たちの教理の正しさを押し出す記事が多いように思えます


たまたまなんでしょうが

母が証言を聞いたであろう年に表紙を飾っていた記事は

「死を打ち負かす事は可能ですか」
「人は何故病気になって死ぬのですか」という記事

実の親と兄弟を病気で失っている母にとって

復活の希望は何より欲しい希望だったのでしょう

記事には、終わりの日のしるしが成就してきた事
終わりを生き残らなければ、復活は見れないことなど

書かれています

そして生き残る為にはこの組織に来るしかないことも


*** 塔81 5/15 19ページ 聖書を理解するには助けが必要ですか ***

ペテロは,使徒たちもイエスのもとを去ることを望んでいるのかどうかイエスから尋ねられた時,「わたしたちはだれのところに行けばよいというのでしょう」と言いました。(ヨハネ 6:66‐69)
次のことには疑問の余地がありません。
すなわち,わたしたちすべては聖書を理解する上で助けを必要としており,

「忠実で思慮深い奴隷」の組織を外にして,必要としている聖書の導きを見いだすことは
できないのです。


*** 塔83 3/1 24ページ 前進するエホバの組織―あなたはその組織と共に前進していますか ***

西暦1世紀当時,クリスチャンの組織に対する指示はエルサレムから与えられました。(使徒 15:1,2)しかし今日,それはニューヨークのブルックリンから与えられています。

*** 塔83 5/15 12ページ あなたは地上の楽園で永遠に生きられます―しかしどのようにして? ***

第三の要求は,神の経路すなわち神の組織と交わることです。
神は常に一つの組織を用いて来られました。例えば,ノアの日には箱船に乗っていた者だけが洪水を生き残り,1世紀にはクリスチャン会衆と交わっていた人々だけが神の恵みを得ました。(使徒 4:12)
同様に,エホバは今日もご自分の意志を成し遂げるために一つの組織だけを用いておられます。地上の楽園で永遠の命を受けるには,その組織を見分け,その組織の一員として神に仕えなければなりません。





そりゃ

何かに助けを求めたい人は

この分かりやすい浮き輪にしがみつきたくなるだろうなぁ


母親のルーツを探るつもりが

組織組織の言葉に気持ち悪くなってきました


いままで何も気にならなかった記事ですが

こうやって見ると

なにか不健全な書き方です


「助かりたいでしょ

慰めが欲しいでしょ

だったらこっちに来なさい

他所は酷いものなのよ

騙されるわよ

アナタ死ぬわよ!」

と最近見ない人みたいなこといってますよね


組織に所属しないと救われない
神の救いは自分の行動で勝ち取るという考え方

当時から受け付けなかったのですが

やっぱり自分に合わないなぁと実感しました
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by unite69 | 2008-11-30 11:26 | 自分のこと

じゃあ何着たらいいんだよ

laodiceaさんの「なまぬるい生活」ブログの中で

すでに取り上げられていていましたが

只今べテル見学の服装に関するパンフレットが会衆の掲示板に

掲げられています

人目を引く美しいカラー写真の4ページです


これはっ!


と思い手に入れようとしたのですが

掲示板の前は案内係の奉仕の僕の兄弟が目を光らせていますから

不審な行動は出来ません

彼がようやくファイルをもってうろうろし始めたところで

鮮やかに掲示板から抜き取って

コピー機に乗せたところ

わが会衆は白黒しかない事に気付きましたが

妙な使命感からコピーしなきゃならない、と鼻息荒く

コピー機に覆いかぶさるようにして完全なる不審者のごとく

コピーして参りました


さてネットに流してやろうと思ったのですが

エキサイトブログにはアップローダーが無い事を思いだし

生まれもっての諦めのよさも相まって

あっという間にゴミ箱の中に投入されました



「なまぬるい生活」では見やすくあげられていますので

そちらでどうぞ






そちらの記事のコメント欄でRBCでの服装について

書かれていました

最近、建設奉仕者のニッカ着用禁止令が出ていたようです


ニッカボッカーというのは、いわゆる作業ズボンとして日本では良く知られる

足首がキュッとしてひざ下辺りがダボッとしたあのズボンの事です

あの作業服の形には理由があります

高所作業をする場合、しゃがみこんだ時にズボンのひざが突っ張って

動きにくい、しゃがみにくいというのを防ぐ効果があります

また、スソ周りが絞られててダボダボなのは

体を大きくして威圧する為ではなく

普通のズボンのように広がったスソが何かに引っかかるのを防止する目的もあるそうで

諸説諸々なんですが


とにかくまぁ
なんにしても理由があるわけです



ところがべテルからきたお偉いさん方が

その服装は世の精神を反映している!禁止にするべきだ!

とありがたい提案(命令)をされて

それに追随する地区建設の委員さんの中には

偉い人の意見にはむかうような気概のある男はいないようで

満場一致でニッカ禁止が採択された・・・との事

そりゃ毎日スーツ着ている人には必要の無い服装かもしれないですが

現場作業員には必要なもので

そこに世の人に見習おうとか、かっこよくしたいとか
そんな考えはあまり無い様に思えます

それを否定するのなら、建築の仕事自体が
世の精神って言ってるようなものですよ

企業ロゴの入った作業服禁止!とかいう地方ルールもあるみたいですし



結局、作業しにくい効率が悪いという現場の声が散々大きくなった結果

現在ではニッカ解禁されている模様です

全くもってくだらない一連の流れに辟易してしまいます


「着るものでその人の人となりが決まるのです」と言うのならば

スーツきてりゃぁみんな紳士か?

着てても変態ばっかりのうちの会衆はなんなんだ!



・・・とりみだしました


とまぁ ここにも組織の基本体質

「信者はみな我々が導かないと好き勝手やるだろう」という

勘違い甚だしい考え方が見られているのだろうなぁと

思いました

くだらない地方ルールばっかり作ってねぇ・・・



目的地不明の迷走を続ける組織と

上には何一つ疑問を持たない(持てない)大勢のJW一般信徒


今後も迷走は続くのだろうなぁ
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by unite69 | 2008-11-28 23:58 | 組織のこと

いくつになっても

JWの世界にいる独身の男女は、交際中の振る舞いに大変注意を払います。

特に資格や立場のあるJW男子は

不用意な男女交際はその特権に抵触しかねないので

必死です


たとえ結婚を前提にしていても、婚約をしていないと危ういわけです。

二人っきりで会ってるとこを誰かに見られたら長老に呼び出しです。

だから命がけです

婚約前の交際ともなると、他のJWに見つからないように

まるで忍者やスパイのように逢瀬を繰り返すわけです。


本来は既婚者である他のJWの付き添いを立てて

お互い知り合ってゆく交際が推奨されてるようですが、

私の周りでそのように交際してるJWは見た事も聞いた事もありません。

(なかにはいらっしゃるかもしれませんが)




なるべく二人きりで会いたい、

しかし模範的なクリスチャンとしては、資格に触るような交際の仕方はマズい、

なので多くのJWは車の中でデートしているようです。



でも車って密室だよな、、


でも二人きりで会いたい、、


そこで多くのJWが採用してる求愛中の車の乗り方をご紹介しましょう。



一人が運転席に座り、もう一人が後部座席に座ります。



名付けてハイヤー乗り



日本中で、国会議員と運転手のような車中の位置関係のJWカップルがたくさんいるはずです。




でも移動中に他のJWに見られてしまうんじゃないかって?



大丈夫です。

そんな時は後部座席に座ってる人が体を倒して運転席の後ろに隠れるんです。


完璧です。


外からは一人にしか見えません。


隣に座らないことによって、密室じゃない感が出ますので、

良心の呵責を感じずに済むわけです。

こんなスリルの中若いJW男女は愛を育んでいます。





知り合いの奉仕の僕の兄弟は、同じように交際中車でデートしていましたが、

その兄弟は軽トラに乗っていました。

そうです軽トラは2シーターです。




デート中のこの兄弟に国道で偶然出くわしたことがあるんですが、

涼しい顔の兄弟の隣の助手席に

交際中の姉妹らしき人影!


しかしその姉妹、顔をマップル(分厚い地図)で隠して乗ってたのです。

b0154817_233675.jpg


高速で通り抜けたので、助手席にはリンゴの化け物が乗ってるように見えました。



若い交際中のJW男女はエホバの義の規準を守ろうと必死です。


つか、顔見えなきゃいいのかよ・・・と思いますが

傍から見たらアホです

悲しいかな、みんな必死にアホしないといけない組織なんです







こうした男女の関係に敏感なのはなにも若いJW達に限ったことではありません。

独身の頃 私は会衆の取り決めによって書籍研究の際に

御歳70歳と80歳のおばあちゃん姉妹達の送迎をしていました。

(取り決めなんかクソクラエなんですが、おばあちゃんたちはお困りの様子でしたので、引き受けました。)



70歳おばあちゃんを先に迎えにゆくんですが

そうなると80歳おばあちゃんの家につくまで三分くらい車中にふたりきりになるのです。

帰りも80歳おばあちゃんが先に降りるので

やはり三分くらい70歳おばあちゃんとふたりきりになります。


送迎がはじまってから一ヶ月くらい

当初助手席に座っていた70歳おばあちゃんが女学生みたいにもじもじしていました。


たまらず

「〇〇姉妹、どうしたんですか?」

と尋ねると、

「あの・・・兄弟?私、後ろの座席に座った方がいいですよね?」



おぉぉうい!!



まさかのハイヤー乗りの提案!


俺若い姉妹ともハイヤー乗りしたことないのに!!




いやいや、健全なクリスチャンとしては当然の提案です。

私と70歳おばあちゃんが毎週火曜の夜車でお出かけしてるのを

区域内の方々に見られたとしたら

いい証言になりませんからね。


その70歳おばあちゃんはご主人に先立たれていますので、

独身同士多少意識したのでしょう。


70歳おばあちゃんはご丁寧に80歳おばあちゃんの家につくまで

体を運転席の後ろに倒して小さくなっていました。




おばあちゃんも女の子なんです。



なんの話しかわかんなくなりましたが、

現役のみなさんもこの体制がつづく限り

いい恋をしてください




あ、楽園でもみんなハイヤー乗りするんでしょうか
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by unite69 | 2008-11-21 00:02 | 兄弟姉妹

無学で普通の人

最近は特に教会のホームページや

牧師さんがやっているブログなどを閲覧しています

自分があまりにもキリスト教という宗教そのものに対する知識に欠けていたと

痛感させられる事があったもので・・・




どちらかといえば昔から右脳人間 直感を優先する情緒的な人間だったので

論理や理屈ではなく

「あぁ神はいるんだ」とか「神はいたらよいだろうな」

という感覚でJWをやっていました

これこれこういう理由で神を信じたとか

ここの聖書の解釈に魅力を感じたとかいう立派な理由などありませんでした



だからネットで事実を知って新たに調べなおす過程で

組織の隠してきた教理の変更や矛盾点などでも

初めて見るものも多かったのです


1914年の年代計算の事実や

1975年の騒動など


でも自分にとって、それはどうでもよいことでした

神を信じている気持ちがあればいいじゃん

そこに安らぎがあるなら多少の矛盾もいいんじゃない?的な発想でした

いまでも根っこの部分ではそう思っている部分もあります

自分なりに信仰の定義を考えるとそれでいいと思います



でもどうしても許せないのは

そうした感情的に信仰を培っている人に対して

まちがった教理や組織的なルールを課し

家族を崩壊させ、病気の人を量産し、傷つけてきた事です


「組織の説明はなんとなく矛盾に感じるけど聖書は絶対だから」
「神が導いてくださっているのだから」

という大儀を振りかざして

実際には組織の存続の為に信者の生活を振り回したり

審理委員会といった不公平極まりない取り決めで

心に消えない傷を残していくのは

どうしても許せない




世界中には数多くの宗教が存在していて

キリスト教以外にもイスラム教(イスラーム)ヒンドゥー教、仏教
儒教・道教その他・・・

それに加え、特定の地域や民族にある民族宗教が数え切れないほどあって

主だった世界宗教にも分派が数多く存在するのだから

それはもう、膨大な数に上ります

だから
宗教と一言では片付けられないのですが

基本的な目的においては一つだと思います


宗教の英語 Religion は、ラテン語のreligioから派生したもので

religioは、「再び」という意味reと「結びつける」という意味のligareの組み合わせで

「再び結びつける」という意味で

そこから、「神と人を再び結びつけること」といいかえることも出来ます

だから

宗教とは姿かたちは違えど

神と人とを結びつけるものであるべきで

崇敬する対象が違ったとしても

神をあがめ近づいて実感している

と感じさせるのであれば、

目的の沿っているといえるのではないかと思います

それが正しいかどうかは別にして



JWもはじめは宗教として目的に沿っていたと思います

でも

今は神と人とを引き離しているようにしか思えません

もちろん良い部分もあります

でも基本的な目的の部分を逸脱しているとしたら

それはもう

別のものです




今はこの組織にいる間

神から引き離されてしまっているように感じている人を

「そんなことないんだよ」と言ってあげたいのだけど

人に何かを説明する為には

ある程度知識も必要なわけで

上手に説明できず、落ち込む事が多いわけで・・・



いま改めてキリスト教をふくめ聖書を学び直したいと思って

勉強中です


しかし教会の説教をネットで見れるなんて良い時代になったものです
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by unite69 | 2008-11-15 02:08 | 自分のこと

悶々と・・・

マイコンが解けてからというものの

集会での注解は本当に納得が行くものしか出来なくなって・・・

とはいっても、納得の行く注解なんて早々できず

いつもなんとなく話を聞いている



奉仕はずいぶんと行けていない


やっぱりこんな状況だと

「霊的に弱った兄弟」というレッテルが貼られているのであろう

なんとなくみんなとの会話もぎこちなく感じる


しかし今のような立場になって初めて見えてくる物も多い


霊的熱心兄弟だった頃は

自分の僕としての評価を上げたい、用いられたいという

クリスチャンを名乗るには下世話な俗物だった



集会後も何も仕事も無く割り当てに追われていない今は

静かに王国会館に入ってきて

ほんの少しの注解を搾り出して

また静かに帰っていく姉妹たちに目が行く



「この姉妹たちは何故ここを必要としているのだろう」



会衆の中で様々な人がいて

当然できる奉仕も量も違ってくる

長老だったり僕だったり開拓だったり

普通に奉仕集会だけで精一杯の人もいるし

集会来れたりこれ無かったりの人もいる

家に帰ってみれば不機嫌なご主人さんが待っていたり

無理を押して出席したせいで悲鳴を上げる体を

ようやく横たえる人もいる


毎日神に仕えられて幸せ  という人は

そんなにいるはずも無い


世間でも肩身が狭い思いをして

集会でもぎこちなさと居心地の悪さを感じて

それでも毎週欠かさず通ってくるあの人は


何を思い

何を求めているのだろう



ここに「真理」は無い

でも

「ここの真理」に助けられている人もいる

自分はどっちなんだろう

まだ見えてこない
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by unite69 | 2008-11-13 22:55 | ひとりごと

若い人は尋ねる。ロックコンサートに行くべきだろうか・・・

THE WHO が来日しますね。




THE WHOは1960年代のイギリス発祥のロックバンドです

ちょうどビートルズやストーンズと同時期のバンドで
本国イギリスでは確たる地位を築いていますが、日本での知名度は
それほど・・・な感じかもしれませんね

私は運良く見に行くことができるのでとても楽しみにしております



昔から音楽は大好きで、THE WHO をはじめとして
BEATLESなどのロックや
SEXPISTOLS、THE CLASH、Sham69などのパンクロックが大好きだったのですが



開拓者などの立場もあり、あまりロック好きを公言できずにいました

だからあまりライブにも見にゆけなかった記憶があります



出版物などでは時に悪魔の所業のように扱われるロックミュージック(協会風)ですが

攻撃性や激しい音や皮肉の裏側にある、高い精神性は

クリスチャンに通ずるのではないか?と勝手に思っていました

高い精神性と言ってもそれぞれですから、ひとくくりには出来ませんが


ものみの塔のように数多のジャンルのバンドやグループを

「ロック」

という言葉でまとめてしまうのは

いささか乱暴ではないかとは思いますね



そういういわゆる「ロック」はJW内では忌み嫌われる一方で

多くが恋愛をテーマにしたJ-POPはそこまで嫌われないですよね


前の会衆の長老はラルクアンシエルが大好きでしたし
(J-POPかどうかは意見が別れるとは思いますが、)

奉仕の僕の兄弟はカラオケで

平井堅の「ストロベリーセックス」(なかなかエロい歌)を熱唱していました



でもガンズアンドローゼスやニルバーナなどを聞いていると、

「そういったロックはどうかなあ・・・」

みたいな反応をされたものです


一度出版物で実名を挙げられたため、JW界では有名になってしまったようですね





それくらい「ロックミュージック」という言葉に敏感に反応してしまうJWが多いので
はないでしょうか



以前音楽雑誌で矢沢永吉氏が



 「俺たちがロックンロールバンド?つまりCAROL?を始めた頃は
 ロックンロールに市民権なんかなかったわけよ?
 つまりYAZAWAもギラギラしてたわけよ?(YAZAWA風)」



と言ってましたが、まさにJW界ではロックは市民権を得ていないわけです

なぜものみの塔がそこまでロックが避けるべきものとして扱っているのか

以前の記事 

目9512/22「若い人は尋ねる。ロックコンサートに行くべきだろうか。」

を調べてみました





デンマークに住むあるクリスチャンは,ロックの一種であるヘビーメタルのファン
だったころのことを思い起こし,こう言っています。「仕事をしながらそれを聞いて
いました。そして間違いをしようものなら,すごく腹が立ち,かっとなって仕事をし
ていたものをぐちゃぐちゃにして投げ捨てていました」。別の若者は,「僕は,セッ
クスや世の生き方を称賛しているラップやヘビーメタルをよく聞いていたんです。こ
んな音楽で自分の思いを養ったので,彼らが歌っている事柄を渇望するようになって
しまいました」と認めています。それで,録音からでさえ,こうした影響を受けるの
ですから,それがライブ演奏ならどれほどの力があるか考えてみてください。





こんな奴いるのかなあ・・・仕事をぐちゃぐちゃにしてしまうなんて、

ロックのせいなのでしょかね コレ



まあ一部のファンは暴徒化するかもしれませんが

どんな音楽や思想には過激派はいるものです

こうした可能性を危惧するならスポーツの試合なんて観れないですよね。 

あ、協会はスポーツ観戦も否定してるか。

お相撲なんてすごいですよ、座布団が飛び交うんですから。完全に暴徒化してますよ。



話がそれました

続く部分ではこうあります



「聖書も道理にかなったボリュームの音楽を認めていないわけではありません

ソロモンの神殿の奉献式では,ラッパを吹き鳴らす者だけで120人もいたのです。(歴代第二 5:12)

それはかなりの大音響だったに違いありません。」



なんでこの聖句もってきたんだろか。120人のラッパって道理にかなった音量じゃ
ないだろ・・・

音の大きさは問題ではないと言いたいのでしょうか







極めつけはこの一文







「自分の体に対する配慮の気持ちがあれば,聴覚を傷める恐れがあることを考えて,
余りにも大きな音で音楽を聞くことはしないでしょう。」













耳に悪いからかよ!!!







まあつまり、クリスチャンはロックコンサートには行くべきではない、ということです。





・・・THE WHOのコンサート、楽しんできます。
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by unite69 | 2008-11-09 14:37 | 自分のこと

大会の実演

実演(5分)
ステージ上手より父親現れる

父親 「おい お前たち そろそろ集会の時間じゃないのか?」


母親 「いつも快く集会に送り出してくださっててかんしゃしてるわ

     今年からこの曜日は家族みんなで食事をしてからでも大丈夫なのよ」


娘  「そうよ だから今日はお父さんと一緒に食事して、その後聖書の勉強をするの
 
     だからテレビの音 少し小さくしてね」


父親  「おいおい テレビの音は関係ないだろう?」


娘   「お父さん 隣の部屋でするのよ」


父親  「なんだと! 聞いてないぞ うちで集会をするというのか?

      どういうことなんだ??」


母親  「あなた 落ち着いて そういうことじゃないのよ

      今年からみんなで集まってする集会は週に2回で

      残りの日は家で家族でそれぞれ行うの」


父親  「なんだ そういうことなのか」


娘   「そうよ  だからお父さんも一緒にお勉強できるのよ

     一緒にしましょう」


父親  「あ・・ああ そうだな お父さんはまたにするよ」


母親  「それじゃ 食事の支度をするわ」




この前の巡回大会の実演です(細かい言い回しは違うかもしれません)

集会の回数が変更になるのに伴って

どのようにその時間を用いるのか、扱われていました

集会が週二回に変更されて、後は家で各自でするように・・・

そんな指示あったっけ??

なんとも気持ちの悪い実演でした


「物質的な必要や経済的な事情を考えて重荷を減らす」

と言っておきながら

各自空いた時間をどのように使うかまで言わなくても
いいんじゃないかと思いますけどね

だったら集会増やせばいいじゃない



結局は組織は目先の事(信者数の減少、寄付の減少)が問題なのでしょう


いろいろな教理や指針を緩めて
世間体を気にしたソフトランディングに切り替えて
信者離れを食い止めたり

奉仕時間を減らして、働く時間を増やし
経済的負担を減らすことが

本当に信者の信仰や神との関係を強化する点で
本当に役立つのなら

それでいいと思います

宗教ってそういうものだから


でも今の組織のやり方は
信者を信頼していない

本来、神との関係は他人が誘導したりするものではないはずです

個人と神

との関係なんですから


規則や基準を緩めたら、兄弟姉妹たちは怠惰になる
神との関係を損なう
だからやはり細かく指導が必要だ

とでも思っているんでしょうか



まぁ

集会が増えたりなんかしたら

それはそれで嫌けどね




集会変更といえば職場の友人が

「集会が変更になって減る事は上司に言わないでおこう
今まで見たいに早く帰れなくなるから」

と言ってました

ほんとに

JW2世って・・・

やれやれ・・・・・・


なにやら愚痴っぽい内容がつづいてしまいました
すみません
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by unite69 | 2008-11-07 22:09 | 組織のこと

巡回大会

巡回大会に行ってきました

マイコンが解けて、いろんなことの矛盾を感じながらの大会というのは



非常に辛い

いや 辛いなんてものじゃない・・・


まさに拷問です


いちいち突っ込みたくなるけど

つっこんでもだれも同意してくれないだろうし

そんなことしたらすぐにマークされちゃうし


そんなだから記事に出来る内容は無いものか

ノートをとっていました


はた目からは真面目なJW2世

書いてる内容は背教一直線

なかなかスリリングな大会でした


ちょいとレポート



さて

このたびの大会は

「善を持って悪を征服してゆきなさい」
                  ローマ12:21

という主題

主題から察するに、クリスチャンとしての生活面での適用が主になるのなら

まぁ聞いていられるかなぁと思いながらしばし拝聴・・・



(開始1時間・・・)



ダメでした

いつもと一緒でした


どうやら本大会の主題点が言うところの「悪」とは

組織の考え方にそむく傾向・考え方を指していて

クリスチャンはそういった傾向に

「善」・・・組織の推奨する行動規範・・・をもって

対処するように


とまぁ

いつもどおりの思想統制プログラム


特に聞いていて印象的だったのは

高等教育

科学技術(インターネット)

娯楽

に対してどのような決定を下すかという点でした


ネットでも頻繁に論じられていますが

ここ最近の組織の高等教育に対する圧力は

相当なもので、ひと時のゆとりのある見解とは打って変わって

大学=悪

と位置づけているのがはっきりと分かる内容でした

話の冒頭で

「この話で述べる高等教育とは4年制の大学以上の教育を指します」と

銘うっており

これは、技術系専門学校などは含めていない様子

やはり教育統制はしたいものの、収入の無いJWが増えてしまうのも

組織にとっては痛手の様子

都合よすぎないか?という展開です

そして、大学教育の危険を並べ上げます

世の誘惑が多い
時間をとられる
麻薬いじめ不純異性交遊・・・

ここまで高等教育からえられる益については

一言も取り上げません

さらに

「ある企業の面接官」という

うさんくささ抜群の肩書きを持つ人物の言葉をかり

「企業は大卒暦より技能を重んじる」などと言い切りました

まぁそういう企業もあるでしょうが

全部が全部じゃないでしょう

ここでも専門技能を持ち出します



そしてこのあたりでお決まりのインタビューに参ります

一人目の方は大学在学中に証言を受けた方

大学生活がいかに恐ろしいか現場の声をリポートです

「親元にいない人たちのため誘惑がものすごい」そうです

子供を持つ親御さんたちに不安を与えます


2人めの方は工業高校に入って

建築技術を身につけた方です

「べテルでの奉仕に大変役立ちましたしRBCでも十分に役立ちました

今ではこの仕事をしながら奉仕する事ができています」

まぁ すばらしい

理想的な若者


そして聖句

箴言22:3  災いを見て身を隠すものは・・・


なんか

話とインタビューの構成に意図を感じませんか?



そしてカエサルの聖句を持ち出します

 
  「それでは,カエサルのものはカエサルに,しかし神のものは神に返しなさい
                                        (マタイ 22:20‐21)

   カエサルの求める事を行う範囲であれば

   神は保護を与えます

   この点で義務教育はカエサルの求めですから神の保護を期待できます

   しかし大学教育はカエサルの求めではありません

   保護を期待する事は出来ないのです

   これは聖書的に言って大きな違いがあります」


これ↑本当に言ってました・・・


これにより高等教育否定的件に聖書的根拠が付与されました


ここまでいうと組織の規則化してしまうのを怖れてか

最後に付け加えます

「長老や他の人達が決定する立場にあるわけではありません

本人が決める事です」


・・・・・・

いうよね~



こんなん言われたら

決めれないって

子:「大学行きたいんだけど・・・」

親:「アンタ!こないだの大会で何聞いてたの!!!・・・(略」

こんな会話があちこちから聞こえてきそうです





話を聞いていると非常にはっきりした詭弁術が用いられています

「二分法」といわれるものです

これは人や考え方を原理的な基準で分け

イイモノとワルモノに分類してしまうものです

この場合、イイモノとワルモノの間にいるものを

まとめてどちらかに分類する事ができます


まず
高等教育は良くないという前提に立って

それに都合の良い証言、引用、例を持ち出しています(面接官やインタビューなど)

受ける高等教育がどんなものか

何の為にうける高等教育なのか・・・は論外にします

そのうえで

聖書的根拠、JWからすれば絶対的なイイモノを持ち出します

その範疇に入らないものはすべてワルモノと匂わせます(微妙にはっきりとは言いません)



組織にとって必要以上に物事を考えられる人は

必要ないんでしょう

お前らは黙って奉仕してればいいんだ・・・とさえ聞こえてきます


JWの中には、神のことをみんなに伝えたいという純粋な動機で

大学に通っている人だっているはずです

来年、進学を考えている人たちも大会に来ていたはずです

その人達や家族が会衆でどのように見られるか考えた事はないのでしょうか

若者の将来をここまで左右してよいのでしょうか



組織は末端の人達の感情なんてどうでもいいのでしょう


神を代表する組織と自負していながら





なんか

なれないレポなど書いて疲れてしまいました
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by unite69 | 2008-11-05 22:51 | 組織のこと

JWやめたい・・・

あまりブログについて調べもせずはじめてしまったものだから

色々な機能がついているのも知らず

とりあえずネームカードとやらを貼り付けてみているのですが



このネームカード

アクセス解析なる機能がついていて

ブログをどのくらいの方が見てくださっているか

分かる仕掛けになっています




その中に検索ワードとやらがありまして

どのような言葉で検索をかけてきたのか

分かるようなのであります


先月のご訪問者の中で

「JWやめたい」

で検索し

この広大なネット海原の中

この当ブログにたどり着いた方がいるようでした



自分もそういえばJW的に行き詰まり

苦しみの真っ只中にいた時に

ネットから真実を知るきっかけを得たのだ・・・と

ふと思い出しました



そして


もしかしたら、この検索をかけた人は

今まさに苦しみの中にいて

もがくようにして手を伸ばし

組織の植えつけた罪悪感と戦いながら

恐る恐るパソコンの前に座っているのかもしれない・・・


と思いました


情報を発信する側は

そこまでの事を意識していないかもしれない

でも

もしかしたら

もしかすると

誰かの役に立つ・・・とまでは言わないまでも

なにかのきっかけになるのかもしれない

と考えると

チラシの裏のような乱文を並び立てた

自己満足に浸ってるばかりではなく

このブログという自己表現を用いて

なにか残す事ができたら

さぞかし素晴らしかろうと思ったのであります
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by unite69 | 2008-11-03 23:41 | 自分のこと