机上の楽園で永遠に生きられますか


1度でいい事を、2度言わなけりゃあいけないってのは、そいつが頭が悪いって事だからです。
by unite69
カテゴリ
全体
ひとりごと
組織のこと
自分のこと
音楽と宗教
兄弟姉妹
脱・JW
ひとりごと
未分類
以前の記事
フォロー中のブログ
泣き言
もうかれこれ一年ちかく奉仕に出ておりませんので
みんな気づいて来たみたい
一人で夜奉仕してますじゃ無理アルよなぁ



ご意見苦情その他諸々はこちら
unite.bq@gmail.com
最新のトラックバック
検索
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧

災いだ!

「自分の家を義によらず,自分の階上の間を公正によらずに
無償で仕える仲間の者を使って,これにその賃金を与えもせずに建てる者は災いだ。

(エレミヤ 22:13)


先週書こうと思っていたのに忙しくて忘れていました

最近の書籍研究の資料ってなかなかきわどい事かかれてますね

これって


「自分たちじゃん」


まぁ当時の状況と全く違うのでそのままではないですけど
王国会館の建設奉仕をどうしても思い出してしまいます


自分の若い頃はこの無賃労働に意欲を燃やして頑張ったものです

もちろん神の崇拝の場所を建てるというですね、崇高な目的の元にです はい



いや

うそです

キャリアのためでした
当時は組織崇拝者だったからなぁ はずかしい

建設奉仕というのは一種のステータス的な部分があって
普段と違う格好でちょっと特殊な環境でJWの若者たちが集まる建設奉仕は
ちょっとしたイベントでした

その中でも建設の技術経験のある兄弟というのはちょっと格好よく見えたりするものです

あのスキーのゲレンデ効果みたいな
いつもと違うところでウェアきててちょっと素敵に見えちゃうアレと一緒です
で、現実に戻るとアレ?みたいな・・・

ともかくそんなせいなのか、建設奉仕メンバー婚が流行ったりして
そういう出会いを求めてくる輩も結構いたような気がします


実際には本当に真面目に働いている人達もいて励みを受けたりするんですが
どうもイメージが悪い

まず無駄が多い
 あんなに人いらんだろってくらいの人間がうじゃうじゃいる
 実際ほとんどいらない

あと休憩が長い
 まぁ大して働いてない人に限って食べる喋る
 朝昼夜でる食事も食べる食べる
 貧乏開拓者はここで栄養つけてるんだろうなぁってくらい食べてる

環境に悪い
 初心者がやるのだからしょうがないのだが
 ミスが多く無駄につかう材料金物非常に多い 
 しょっちゅう変わる図面と上から来る計画変更

そしてなにより仕上がりが悪い


自分が行っていた時代なので「今は違う」とおっしゃる方スミマセン
ただ当時はなんて効率の悪い奉仕なんだとびっくりしたものです

「建設も神への神聖な奉仕です。参加しましょう」みたいに呼びかけて
開拓者は時間考慮するので参加しましょうとか言って

そうする事で妙な高揚感と連帯感を与えて若者を捉え
地元には「自前の王国会館を持てることは喜びです。世界中の建設の業にも
支持を示しましょう」と言って、建設の寄付をするよう意識を高めたりしているのだろうか

しかし
実際には不必要な出費と労力を負わされて疲れ果てる成員
残ったのは、なが~いローンとすぐに改修工事の必要になる無価値建築物

一般の業者に頼んだほうが全てにおいてメリットがあるように思えるのですが・・・

こんな事書いてたら
地区建設委員の偉いさんやべテルから来る視察の方々が
お昼に話すありがた~いお話を思い出しました


「建設奉仕というのは、効率重視ではないのです。
 効率が悪いなぁ、自分ならこうするのになぁと考えるのではなく
 理解できないような指示でも、神から与えられる指示とみなして
 従順に従う事で神を喜ばせる事を学べる神聖な奉仕です」


あぁ そうか

これもマインドコントロールの一環なんだな

よくできた組織だなぁ
[PR]

# by unite69 | 2008-10-14 23:33 | 組織のこと

reject

以前、知り合いの方が排斥になられました

どうやら時同じくしてもう一方異性が排斥食らっておりましたので
まぁそういうことかと・・・と納得してしまったのですが

ふとまぁ考えたんです


その方を割とよく知っていたわけですが、排斥の発表聞いた時に
「あ、やっぱりやっちゃったか」って思ったんです

その時は理由知らなかったのに
「でも、アイツなら・・・」みたいな嫌ぁな感情で


私の周りの方々もそんな感じの感想でした
人脈も友達も多く、評判の良い雰囲気の方でしたが
意外に悪い評判を口にする方が多くいました



JW界の中での友人というのは

「こいつはとりあえずエホバの証人だし、証人でいる限り
とんでもない仕打ちや裏切りは無いだろう」

という薄っぺらな信頼の上に成り立っているギリギリの友情で

エホバの証人である、という事が崩れてしまうと


友情が裏切られた
信頼していたのに

と、切り捨ててしまうのではないかと思います

もし本当にその人と強い友情があるのなら、はじめに書いたような
「やっぱりやると思った」とか悪い評判を蒸し返して
死人に鞭打つような真似はしないと思います

そして

排斥=どんな事情があろうとも悪 
事情も知らないのに「悔い改めもしない悪人」と決め付けてしまい蓋をする

この理不尽な取り決めとそれを強制する組織体制が
たとえ友人だったとしても切り捨ててしまう、無感情の信者を量産しているような気がします


自分もそうやって相手を見ていたのではないかと思い反省いたしました


今、昔組織を出て行った友人たちと連絡を取る準備をしています
もしまた話す事ができたら、もう一度友達として話をしたいなぁと思ってます
[PR]

# by unite69 | 2008-09-22 23:32 | ひとりごと

幸せな方々

JWが掲げる大きな希望?の一つが
楽園で永遠に生きる事です


実際多くの信者はこの教えにすがりついており
事あるごとに「楽園がくれば・・・」と気力の無い顔で言っています

病気になれば「早く楽園に行って癒されたい・・・」
悲しいニュースがおきれば「楽園では悪人はいないんだから・・・」
生活品が値上がりすれば「楽園ならこんな事にはならない・・・」

何かが起きるとすぐ「終わりの日」って言うのとセットで使われてます


そして、そういう事を真顔で言っている方たちに限って
実際の将来のことは何にも考えていません

何か技術があるわけでもなし、収入も貯蓄もなし
保険も年金も何もなし
自分が生きているうちに楽園が来る事を本当に信じているから
そんな準備必要ないみたいです


でも何かあると結局身内や周りの人達が援助しているんですよね
未信者の家族とか、会衆内の余裕のある方たちが


当の本人たちは当たり前のように援助され
さほど感謝もせず
「エホバの備えだわ」って喜ぶんです

本人たちは幸せですよね



ほんと頼むから

その絵に描いた楽園でずっと暮らしててください
[PR]

# by unite69 | 2008-09-22 22:48 | 兄弟姉妹

もやもやと・・・

ブログを通して少しずつ気持ちの整理を付けてはいるのだけれども

細々とだが仮面現役として活動をしていると
バランスが取れなくなる事が多くなります

矛盾や疑問を感じながらJWとしての活動を維持し続けるのは
心身ともに相当なストレスになっていて


まず集会の日は朝から体がだるい
何とかして休める理由がほしくなる
仕事がトラブルになるとちょっとチャンスと思う
帰り道渋滞していると抜け道とか使わない


なんかもう思春期の二世みたいな症状がこの年になって出てきてます


いや

別に休んでも構わないのです
奥さんに怒られるとか、別に無いのですし

奉仕だって出ていません

でもこういう態度をしていると
集会で居場所が全く無くなってしまいます
最近引っ越してきた家族のほうが馴染んでいて
うちの家族は完全に浮いてます

新しい雑誌を忘れられてて後日まとめて渡されたり
いつもと同じところに座っているのに、マイクを渡してくれなかったり



そんな状態ならとっとと自然消滅しろとか
断絶届け書けよって言われそうなんですが
なかなか解約の一歩が踏み出せません


一つは家族の事
自分の家族も妻の家族も熱心なJW家庭
排斥なんて選んだら本当に絶縁しそうな熱心家族で

なら巻き込んで解約・・・とも考えますが
それは相当な修羅場になる事は必至


二つ目は仕事
JWの人間とかかわりが大きく仕事の共有などが多々ある業種で
全く縁を切り、新規始めようとするなら、相当な時間が必要になるという事


三つ目は妻の事
自分のマイコンが解けたのは結婚後で、自身で勉強しつつ
組織の矛盾や誤りを説明してたのですが

妻にとっては、全てを捨てて解約する道と
なんとなく矛盾に目をつぶり心からできるところだけしながら
サークル活動的に行き続ける事とを天秤にかけると
後者を選ぶ方が気持ちが楽なのではないか・・・と結論したようで


脱JWをした方々のブログやHPを見て励みを受けたりするんですが
実際の行動にはなかなか移せません
自分の場合、単なるチキンに過ぎないのですが
もっと複雑な葛藤の中にいる現役さんたちも多いと思います

狭いコミュニティーしか持ち合わせていないJW二世にとって
簡単に割り切り次に進むのは相当の力が必要です

そんなのは言い訳だ 
間違った事を分かっていながらするのは組織と同罪だ 

そういう意見もブログなどで目にします
でもあえて意見させていただきたい

皆 同じように強いわけじゃないんだ

責任は何も動かなかった自分にあるのかもしれない
でも、何が正しくて何が間違っているのか白黒つける事を
全ての人が一様に出来るわけではない




なんだか負け犬の遠吠えに過ぎない文章になってしまいましたが

近頃、自分の知ってる組織を離れていった人達がどんな思いでその決定を下し
どんなその後を送っているのかよく考えます

少しずつですが諸先輩方の後に続こうと準備し調整しつつあります

あぁ 解約は遠い
[PR]

# by unite69 | 2008-09-21 11:06 | 自分のこと

偉い人にはわからんのです

あちこちのブログで、来奉仕年度の奉仕時間の調整について
書かれていました。

なんでも開拓奉仕は50時間 補助で35時間になるんじゃないかとか・・・


統治体付けの手紙で仰々しく発表されるんでしょうけど
なんか集会減らした時みたいながっかりな理由付けだったら
さすがにそろそろ気づく人達が出てこないか心配です。

いや 気づいて欲しいんですけどね。


奉仕時間の報告という制度そのものが、本来純粋になされるはずの
神への崇拝、賛美の質を落としているように感じます。

ノルマ下げてまで肩書きにしがみつかせたいのでしょうか?
数字さえ報告し、開拓者の肩書きを保ってさえいれば満足なんでしょうか?


昔、開拓者ではなかった頃、仕事やら病気やらで
月の奉仕時間が0時間だった時がありまして、
さすがにまずいと思って無理矢理奉仕に出て時間だけカウントしたのですが
どうしても奉仕したという気持ちにはなれなくて、0で報告した事がありました。

当時はあんまり0時間報告の意味をしらなかっちゃのですが
0報告者は不定期奉仕者カウントに含まれてしまうらしく
それは、長老たちからすると監督不行き届きとして巡回監督から
チェックされてしまう失点らしいのです。

集会後わたしを隅っこに引っ張っていった長老は一言
「今まで切捨てていた奉仕時間とか集めたら1になるんじゃない?」
とおっしゃいました。

それって奉仕なんですか?
賛美なんですかね?

本人が神に対して捧げたんです。
数字に見られない部分の賛美や犠牲だってあるんです。


奉仕の僕として活動していた頃
群れの監督とその群れの伝道者カード(いわゆる奉仕の記録)を一緒に考慮する
取り決めがありました。奉仕の記録からその成員のやる気とか
状況を見極めるのです。

新米だったわたくしは巡回監督にそのカードからどう読み取るのか尋ねました。
その監督は言いました。

「その月の祭日の回数と奉仕時間のバランスから、休日に奉仕を支持できているか

雑誌の配布数と再訪問の数のバランスから、研究を取り決める意思があるのか、

その月の協会の勧める文書やらブロシュアー配布数から取り決めに進んで応じているか

など分かります」

じゃあ数字に表れない部分の奉仕は考慮されないのですか?
なんて怖くて聞けなかったのですが、なんとなくその時肩透かしを食らったような
感じを受けました。
もちろん数字から読み取れる事も微々たる物ですがあります。
でも実際にはその数字に含まれないものの方が多いんじゃないかって気がします。


見えない部分の努力や思い
その全てが神にとって貴重なのではないでしょうか。

偉い人にはそれがわからんのです。


あぁ今月もあと少し。
0報告になりそうだ。
[PR]

# by unite69 | 2008-08-25 01:03 | 組織のこと